<番外編>

食 風 
“ネイチャーファーム・昆虫教室”同行記 その二
フレーザーヒルの昆虫採集
■■奇数時が登りだったはずが、いつでも登れる一方通行に■■
 クアラルンプールをでたのは午後2時半、PLUSハイウェイを北へRawangででる。国道1号線にでてさらにおよそ25km北上、カンポン・クブ・バルを右折してスネークロードを一路、フレーザーヒルを目指した。しかし、すぐに不安に襲われた。道路が通行止めで、迂回路の頼りない表示がでていた。住宅地の生活道路にある小さくて目立たない標識を見つけては右折左折をくりかえし、やっと広い舗装道路にでた。不安がましたのは、そこに標識がなかったからだ。常識的には左折。だから左折した。常識が通用しないのがマレーシア。大丈夫かな?

 しばらくして左手にダム湖が見えた。送られてきた地図にあるダムだ。灌漑用のダムらしく木々の緑と湖面の青の穏やかな景観に思わず車を止めて写真を撮った。

 カンポン・クブ・バルから約30kmでフレーザーヒル名物の一時間ごとに登り下りの一方通行となる登り口のゲート(GAP)の手前についたのは4時半すぎ、のんびり待とうかと思ったら、GAPを通りすぎろと指示された。200Mほど先を左折し登りはじめた。どうやら、旧道は下り、新道は登りになったらしい。「こんなの聞いていない」とまたも不安になった。一車線のみの一行通行というのは公園内の道路のようでもあり、自動車学校のようでもある。止まれ、対向車を気にしないでギヤーを一段落として登ること12,3分、頂上のゴルフ場の脇に出た。地図にしたがって宿舎兼昆虫採集基地となるシルバーパーク・リゾート(Silverpark Resort)で午後5時にチェックイン。部屋に荷物をおいて集合時間の5時半まで、ロビーにもどってソファーで文庫本を読みはじめた。

 「あら、先生!」と声をかけられて顔を上げると見なれた母子がいた。バングサ柔道クラブの教え子とお母さんと弟だった。翌日は土曜日、思わず「おい、明日の柔道はさぼりか?」と訊いた。「先生だってさぼりでしょ」。そうだけど、わたしは自分では半分は仕事のつもり、柔道は仕事とは別のものだから重さが違うと言っても駄目だよな。

 そうこうしているうちに主催者の河谷さん、いや河谷先生がやってきた。同室になる金森父子ははるばるシンガポールから車でやってきたという。三十代のお父さんでも六時間あまりの運転にさすがに疲れ気味だ。もちろん子供は元気。同じくシンガポールからやってきた小学校低学年の男の子が発熱で一人ダウンした以外はうるさいくらい元気だ。

最初のメニューはリゾートから1kmほどにあるビショップ・トレイル(Bishop Trail)で虫かごに入れる枯れ葉と枯れ枝の採集だった。虫かごといっても、マレーシアではそう簡単に手に入らない。文房具売り場に行っても、日曜大工センターに行ってもない。熱帯魚屋に似たものがあるというので買いに行こうとしたら、熱帯魚屋がどこにあるかをさがすのに一苦労した。どうしても見つからなかったら、ねずみ取りのトラップにしようかと思ったくらいだった。KL日本人学校の先生に聞いたら「タッパウェアに穴をあけてつかっている子が多いですよ」と言っていた。やっぱりタッパウェア組が多かった。

ビショップ・トレイルには熱帯のジャングルにつきもののヒルがいた。スニーカーにもぐりこんで足の血を吸おうとしているのや、わたしのように手の指に吸いついているのもいた。「ここでね。フレーザーというイギリス人がヒルに噛まれたんだよ。それでフレーザーズ・ヒルって名前がついたんだ」と子供たちに言ったら、お父さんやお母さんたちに白い目で見られた。
ビュッフェ・ディナーが終わるとロビーの上の階でお父さんお母さんたちもいれて第一回目の昆虫教室。河谷先生が目標を聞くと、子供たちはそれぞれコーカサスというカブトムシやわたしの知らないクワガタの名前を上げた。どうやらほとんどの子供たちは『ムシキング』という名のゲームの達人らしい。虫の名前を実によく知っている。同じくらいお父さんやお母さんも知っている。「すごい!」。それにひきかえわたしは予備知識はなし、虫といえば「虫の居所が悪い」、「虫がすかない」といった心理面でしか縁がない。下を向いておとなしくしていた。
 
 午後9時すぎにシルバーパーク・リゾートで昆虫採集がはじまった。
 
 
     
 
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