<番外編>

食 風 
マレーシアで6番目に難しいグヌン・レダン
ロープを伝い、沢登りの醍醐味も味わえる
■■ 気高く美しい王女の神話 ■■

 その昔、夜間、マラッカ海峡を行き交う交易船から山頂に輝く光を観ることができ、灯台の代わりにして航路を確かめたといわれています。人々はその山を“Gunun Ledang(輝く山)”と呼んでいました。麓の村々の住民たちは、山頂に大量の黄金があると信じ、好奇心というか欲望にかられた人々がそれを確かめに登っていきました。ある男が、深い山の中に白衣を身にまとったこの世の人とは思えぬほど気高く美しい女性がいるのを見つけました。
 グヌン・レダンの山頂にはインドネシアの王子の妻だった王女が住んでいたのです。王女はインドネシアからジョホールに逃れ、そして、この山頂にとどまったのです。(なぜ逃げてきたかについては、手元の資料には書かれていません。権力闘争があって叩き出されたのか、王子が酒乱だったのか、浮気癖がひどかったのか、家庭内暴力をふるったのか、性格の不一致だったのか、早死にしたのか、そんな理由なんじゃないかと思います。)
 おせっかいなというより、あわよくば恩賞を賜ろうとした住民がマラッカ王朝のスルタンに「恐れ多くも‥‥」と報告したところ、スルタンは大変興味を覚え、二人の家来による捜索隊を結成し、同時に、結婚するための条件をまとめる交渉役に任じました。運よく捜索隊兼交渉役は王女に出会うことができました。王女は5つの条件をだして、「これをかなえてくれたら、スルタンと結婚します」と約束したそうです。(北朝鮮とかいう国の約束とは違います。)
 ただ、5つの条件はひじょうに厳しいものでした。
*山頂から王宮まで、金と銀でできた橋でつなぐ
*蚊の心臓を7つの皿に
*蠅の肝臓を7つの皿に
*少女の涙をひとつの花瓶に
*スルタンの息子の血をお椀に一杯
以上のように、どれひとつとっても無理難題でした。
 蚊の心臓や蠅の肝臓を何に使うのでしょう。臓器移植には使えないだろうし、薬品になるとも思えません。高級官僚に少しくらいの賄賂をやっても、日本の厚生労働省は絶対に許可しないでしょう。毒薬とか生物兵器を作るために、悪の枢軸国に輸出しようというのでしょうか?
 「愚かな奴だ」とお思いでしょうが、それでもスルタンは絶世の美女である王女と結婚したい一心で4つまで条件を実行しました。ところが、最後の条件だけは、息子の生命を奪うことになるので、できませんでした。そして、マラッカのスルタンは王女と結婚することはできませんでした。(そのおかげで、息子の母である第一王妃が、何番目かの王妃となるはずだった王女を殺さないですんだのです。というのは冗談です。)
 グヌン・レダンには、そうした『能』の世界の物語のような幽玄な神話が残されています。おそらく14世紀後半から15世紀前半にかけて創られた神話だと思います。約600年、語り継がれた神話の世界です。そして、この山を縫うように流れている川には美しい滝があり、人々は『Puteri Waterfalls(王女の滝)』と呼んでいます。

 
■■ 標高1,276m、でも、舐めてはいけないグヌン・レダン ■■
 ク正直いって「標高1,276mのグヌン・レダンはたいしたことはない」と思っていた。「マレーシアで64番目に高い山だけど、マレーシアで6番目に難しい山だ」と登山口のレンジャー・オフィス(森林監視員事務所)のスタッフが胸を張った。「おれは、キナバル山に登ったんだぞ」と言ったのだが、「キナバル山は難易度12位だから、楽だったろう」と言われた。
 そう言われてみれば、東南アジアの最高峰とはいえ、キナバル山は標高4,095mの山頂まで、次第に薄れていく空気の中を延々と登りつづけるつらさを除けば、登山道はよく整備されているし、枝道も少ない。岩場でロープを引いて登る箇所が数カ所、危険だなと感じる岩の崖が一カ所あるくらいで、とくに「危ない」とか、高度な技術がいるとかいうことはない。
 というやり取りをしたあと、手術の後遺症で呼吸が苦しくなりやすいという、わたしの身体の状況を理解してもらった。午前7時40分、チョコレートとバナナ、スポーツドリンク、着替えなどを入れたリュックを背負い、ガイドのルディさんと二人で登り始めた。この日の登山者第一号だった。
 石積みの階段を15分たらず歩くと『Puteri Waterfalls(王女の滝)』だ。清流が岩を叩き、岩を割って走っている。週末、昼になると地元の人々が涼を求めて数多くやってくる。この時間、人っ子一人いない。だから、いっそうこの滝は美しい。(『Puteri Waterfalls』は標高274.3m)
 
 
 
 
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