マレーシアには火山はない。それなのに「なぜ温泉が?」と誰しもが思う。ランカウイ島の温泉(アイル・パナス:とは言っても、日本の温泉のように湯船があって身体ごと浸かることができるというのではなく、ただ熱いお湯が湧き出ているだけで)に行ったときに島の人に聞いた話では「スマトラ島の火山の近くの温泉がマラッカ海峡をくぐってここに噴出してきたという説もある」というのを、信じている人も多いだろう。火山の温泉なのに硫黄の臭いがぜんぜんしない。それを訊くと「海峡の底で海水に薄められちゃうからでしょう」と、まことしやかに言う。
冷静に考えれば、マラッカ海峡の下にそんな地下水脈があるとは信じられない眉唾話ということは分る。では、なぜ?
温泉には@火山性温泉と、A非火山温泉とがある。浅間山の近くにある草津温泉など日本の温泉の多くは火山性だ。非火山性はというと主として二種類あって、*深層地下水型と*化石海水型がある。深層地下水型温泉は、地下に向かって深さ100m掘るごとに地温が3度上がる。これを地下増温率といい、地表温度が10度であれば地下1000mでは地温が40度になる。あるいは、マグマが冷えた高温岩帯が地温をさらに上げていることもある。そうして熱せられた地下水が断層を伝って地表に噴出してきた、あるいは、井戸で汲み上げたお湯が温泉となったものだ。熱せられた地下水は岩盤などから多量のミネラル分(鉱物質)などを溶解していく。
化石海水型温泉は太古に地殻変動などで地中に閉じ込められた海水が、海中や海岸近くに噴出したものをいう。
マレーシアの温泉の大多数は深層地下水型で、硫黄くささはほとんどない。マレーシアの温泉には効能書きは張り出されていないが、肌がすべすべになるアルカリ性温泉だ。ちなみに、日本ではアルカリ性温泉を“美人の湯”という。美人を目指している人にはお薦めだ。すでに美人の人は「もっと美人」になれるかも知れない。
タイとの国境の温泉、ウル・レゴン温泉に行くのは二度目。一度目は2年前のやはりハリラヤ・ホリデーだった。そのときは逆方向のバタワースから来たのだが、今回はグリックから国境に沿ってウル・レゴン温泉に近いバリン(Baling)という町に向かった。行き先を示す交通標識に、「タイ・ボーダー」と書かれている。彼方には国境の険しい山並みが連なって見える。イポーから3時間あまり、キャメロンハイランドからだと約5時間のロングドライブだった。
バタワースからグリックまで、ほぼ一直線の道路「弾丸道路」が完成しているはずだったが、まだ、通行できず。残念ながら遠回り、1時間はロスするだろうとがっかりした。 |
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| ■■ 国境の山並みを越えていった日本人たち ■■ |
数年前、この国境の山を越えてマレーシアからタイに逃亡した日本人がいたという噂が流れた。ペナンのジョージタウン、ジャラン・ビルマにあった高級日本レストラン『車屋』の支配人(店長)と日本人シェフの二人だった。『車屋』は客筋もよく、流行ってもいたが、先代の支配人兼シェフは使い込みをして逃げた。その立て直しに来たというO氏はやくざ顔負けの強面(こわもて)だった。ペナンの超有名人だった自称やくざのK氏が入りびたっていたので、どうなることかと思っていたら、やっぱり、ぼや騒ぎがあったりで呆気なく倒産した。複数の食材納入業者が踏み倒され、『日馬プレス』の広告料も踏み倒された。従業員のEPFを滞納しているという話も聞いた。そのために、正式のルート、空港や陸路のイミグレーションには彼らの氏名はブラックリストに載せられているといわれ、出国もできない状況だったという。『車屋』の逃亡の手助けをしたのは、KLのN氏と前述のペナンのK氏だといわれていた。
その後、N氏もK氏もマレーシアから消えた。その代わり、かってN氏とともに自動車修理業で働いていたD氏が、クアラルンプールに別業種だが『車屋』という会社をはじめた。何をすき好んで同じ名前にしたのか、よく分らない人たちだ。
無残な廃墟となっていた『車屋』の残骸が、2,3ヶ月前から解体され始めた。やっと、醜悪な日本人のイメージがペナンの中心部から消える。 |
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| ■■ やっとついた「ウル・レゴン温泉保養村」 ■■ |
バリンの町のガソリンスタンドの辺りに『Air Panas 21km』という小さな標識がある。ここからためらうことなく北へ15km行くと「右に行くと『Air Panas ULU LEGONG』」という標識がでている。ここから、村道を6km行くとウル・レゴン温泉がある。宿泊用のシャレーや脱衣室などが整備された、村営の「ウル・レゴン温泉保養村」といった感じで、入園料は大人2リンギ、12歳以下の子供は12リンギと格安だ。
ラマダン明けとあって、マレー系の人たちはいない。中国系とインド系の人たちが少しいるだけだ。外国人はもちろん、わたしたち二人だけ。熱帯の直射日光に熱せられたコンクリートはまるでフライパンのようで熱いなんてもんじゃない。温泉のお湯のほうがらくかなと、温泉に足を突っ込んだIさんが「アチー!」と叫んだ。「そのプールはそれほどでもないはずだ。大袈裟な奴だ。江戸っ子にはなれないな」と思いながら、わたしも足を入れた「アツ!」、でも大丈夫。東京生まれじゃないけれど、我慢強いのは会津っぽの父親譲りだ。じっと耐えて肩まで浸かった。そこまでいけば無敵だ。「うーん。いい湯だ。天国だ」。酒を飲まずにこんなにもゆったりした気分になれるなんて最高だ。
前回、足先を入れて、「ボイルド・ウォーター!」と叫んだインド人の小さな子供が走ってきたもっとも熱いお湯は、今回も熱くて45度くらいある。最近、高血圧気味のわたしには命がけの挑戦になる。足首まで入れて、「やっぱりやめよう」と決断した。そう、誘惑に耐えてやめる決断をするのも、人生の正しい選択だ。
Iさんは公園内を流れる小川のせせらぎに肩までつかって「気持ちいい!」と叫んでいる。近くでは若い女性たちがバシャバシャキャッキャとやっている。そりゃあいい気分だろうさ。
パラパラとふり出した雨が、ザーッと来た。温泉に入っているんだから関係ないといえばそうだけど、薄くなりつつある髪の毛に悪い影響があったらたまらない。そこそこに引き上げることにした。本当はこの温泉は夕方からがいいのだ。できれば、家族連れで、泊りがけで、バーベキューでもしたら最高だ。
温泉を出て、バリンの町をすぎ、「弾丸道路」をバタワースに向かった。そして、予定よりかなり早くペナンに明るいうちに着いた。助手席のIさんは、「ウヮー、怖かった」だと。わたしは「兵は迅速を尊ぶだ」とつぶやいた。 |