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ペナン・ヒルの散策路

 実を言うと、次にペナンに来るときには、ペナン・ヒルの頂上付近の自然探訪をたのしもうと考えて、ペナン・ヒル登頂記のあとに、予習のつもりで資料を基に文章を書いておいたら、知らない間に8月1日号(231号)に載せられていました。本当は、実際に行って、歩いて、写真を撮ってから載せるつもりだったのです。
 愚痴を言ってもはじまりませんが、社内的には不愉快でした。あの時に載せられなければ、もっと早く取材旅行に行くことができたのです。
 京都南禅寺の傍らに「哲学の道」があります。哲学者西田幾太郎らが思索をしながら散策した小径です。『人間の証明』でテーマとなった「かあさん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?」ではじまる「帽子」に描かれた詩人西条八十が愛した碓氷峠から霧積温泉へとつづく道もそうですが、古い道には先人たちの残した情緒があります。
 そして、ひとそれぞれに郷愁をそそる道の思い出があります。わたしにも、今はもう跡形もなくなってしまいましたが、50年近い昔、近所の子供たちと遊んだ丘の上の小径(こみち)の木々の梢から伝わり落ちてくる冷気や土の匂いは今も心に残っています。
 緑色に苔むしたペナン・ヒルの小径にも、ここを愛した人々の様々な思いがそこはかとなく漂っているように感じます。
 多くの人々でにぎわう観光地ペナン・ヒル。わずかに道をそれただけで数千年数万年も前から多くの種の生命を育みつづけてきた熱帯のジャングルの中に散りばめられたばめられた百数十年の歴史を刻んだ別荘があります。野鳥が舞い、昆虫たち、小動物が共同生活をしています。三連休の中日だというのに、人影はまばらというよりも、ほとんどありません。自然探訪というより、散策しているという感じがします。
 ペナンを訪れたら、ぜひ、歩いてほしい小径です。

瀟洒な別荘の立ち並ぶサミット・ロードを行く

 頂上近くにある『ベルビュー・ホテル(Bellvue Hotel)』のレセプションのおばさんに「サミット・ロードを行った先に、キャノピー・ウォークができたから行ってごらん」と言われました。標高800mのベルビュー・ホテルのテラス・ラウンジからは、ジョージタウンの「百万ドルの夜景」を眼下に見下ろすことができる最高の観覧席なのです。
 ベルビュー・ホテルは、ペナン島に東インド会社が設置されて間もない、『プリンス・オブ・ウェールズ島』と呼ばれていた頃に建てられたもっとも古い居宅のひとつです。当時この一帯は、ペナンの長官だったハリバートン氏にちなんで“ハリバートンズ・ヒル”と呼ばれていました。もっとも古い建物は、1803年に東インド会社の医療部門の保養施設だったといわれています。
 ここからのすばらしい景観が広く知られるようになったのは、1811年、旅行家のジェームス・ウァトンがペナンについて旅行雑誌に寄稿したのが最初だといいます。1820年頃からは著名な画家が訪れてはスケッチをしています。ベルビュー・ホテルの庭園にはタイガー・オーキッド、スリッパー・オーキッド、ジュェル・オーキッドといった蘭やモンキー・カップというウツボカズラの一種があります。
 ヒンドゥー寺院とモスクに登る階段の下の細い道を登っていくと、いかにもこの丘にふさわしいたたずまいの建物があります。ゲート・ハウス(Gate House)と呼ばれるこの建物は個人所有で外側からながめるだけだですが、英国の植民地時代を彷彿させられます。
 ポリス・ステーションの前の細い舗装道路、サミット・ロードをウェスタン・ヒルに向かって歩いていくと、所々に林の中をトンネル・ロード・ウエストへ下りていく杣道(そまみち)があります。標識には“foot path”とか“by path”とか書かれているが、苔むした石段だったり、土の道だったり、山道って感じがします。
 右手に登り口があったので登っていくと、左手に古い家があり、おばさんが手招きしています。ファーンヒル(Fernhill)というもっとも古くからある建物のひとつです。古い建物を見て歩いている外国人グループだと思ったらしく、「家の中を見せてあげるよ」と言うのです。もちろん、もっけの幸いと靴を抜いで中にはいりました。古いがゆえに痛みもあるし、家具類も豪華とはいいがたい。それでも100年以上も前に建てられた家らしい重々しさがあります。何よりもベランダからの景観がいいし、庭園の芝生が美しい。折しも昼食時間、「こんなところでバーベキューパーティをやったら最高だな」というのが感想でした。
 わたしたちは行かなかったのですが、ファーンヒルの脇の小道を頂上のモスクやヒンドゥー寺院の裏手までいくと、現在はペナン州のガバナー(総督)が休日をすごすベル・ラティロ(Bel Ratiro)にたどりつく。これがペナンヒルでもっとも印象的な建物だといわれています。
 サミット・ロードをさらに行くと飲料の売店があります。ここからキャノピー・ウォークがはじまります。下を見下ろすと30m以上もありそうで、キャノピー・ウォークに馴れているわたしも(もともと高いところは得意ではないので)思わず目をつむってしまいました。気の弱いひと、高所恐怖症のひと、心臓が丈夫じゃないひと、小さな子供はやめたほうがいいかもしれません。それでも、右手に商売道具のカメラをもち、左手だけで支えながら歩きとおしたのですが、できたての吊り橋はいかにも安全という感じで心強く、多少の揺れはたいして気にならない。もっとも、同行した若い華人女性は「ワーワー、きゃーきゃー、怖いよう」と大騒ぎでした。
 写真を撮るなど休み休みだったので、渡りきるのに10分近くかかりました。最終地点の木の階段を下りると「トンネル・ロード・ウエスト」にでます。

自然がいっぱい、熱帯のジャングルを散策


 ペナンヒルには、上から「サミット・ロード」、「トンネル・ロード」、「ロウァー(Lower)・トンネル・ロード」、「ビィアダクト・ロード(Viaduct Road)」、「モリアット・ロード(Moriat Road)というトレイル(trail=小径/こみち)が横に走っています。「ロウァー・トンネル・ロード」を除いて、ケーブルカーの軌道を挟んで、それぞれ「ウエスト」と「イースト」に分けられています。これを縦に繋ぐのがバイパス、つまり杣道です。時間があれば、縦横の道を気の向くままに選んで歩きたいと思いました。
 「トンネル・ロード・ウエスト」は舗装されていますが、うっすらと緑に苔むしています。土の斜面も、岩肌も苔むして、います。人影はありません。鳥の鳴き声、羽ばたく音、蝉の声が耳に心地よく響いてきます。道の下はうっそうとした熱帯のジャングルです。木立ちの切れ間からジョージタウンやペナン・ブリッジ、対岸のバタワースが見えます。
 ペナン・ヒルのジャングルは人間と共生しています。英国の植民地統治の狡猾さは別として、英国人は自然環境を生かして、快適な自分達の生活空間を創造する天才だと思います。英国では蒸気機関が開発されて、産業革命がはじまりました。文明の発達によってヨーロッパから広大な面積の自然林が姿を消していきました。それでも彼等は緑が好きなのです。
 「トンネル・ロード・ウエスト」沿いにも時折古色蒼然とした家屋が現れます。「こんなところに」と思うのですが、ひとが住んで生活していたりすると、「通勤通学は大変だろうな」と思う反面、「いいなあ」と思います。
 100種類以上いるといわれる野鳥をもとめてくるバードウォッチャーもいます。蝶などの昆虫らのために、野鳥たちは花園から種を運んでいるのです。
 樹木は樹高のある松や柏、楢、樫、月冠樹など常緑樹が多く成育しています。日陰や堆積物の下で成長する寄生植物や羊歯類、苔類など希少植物も見られます。

観光コースから外れっぱなしであってほしい


 人影がまばらなのは、旅行会社の観光ルートから外れているのでしょう。時間ばかりかかってお金を使う店がない場所は、観光ルートにははいらないのでしょう?
 あるいは、若者向きに遊べる場所がないからでしょうか。いずれにしても、ふつうの観光地みたいに、大勢でやってきて、ワーワーぎゃーぎゃー大騒ぎして、気がつくとゴミの山だけが残っていたなんてことになってほしくはないと思うのです。できることなら、このまま観光コースから外れっぱなしであってほしいと願っています。


<本稿は日馬プレス第241号(2003年1月1日)に掲載されたものです。>


 

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