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東北部(クランタン州、トレンガヌ州、パハン州) マレー半島東海岸の美しい海に浮かぶサンゴ礁の島々はスキューバーダイバーたちの憧れの地。色とりどりの熱帯魚やサンゴ礁、そして、産卵に海岸の砂浜にやってくる大海亀たち。そして、モンスーンの季節には海は荒れ、雨がつづく。 日本時間の1941年12月8日午前1時30分、クランタン州の州都コタバルのサバ海岸に日本軍第25軍の侘美支隊が上陸した。真珠湾奇襲攻撃開始より1時間50分早く、太平洋戦争の最初の火蓋が切られた。迎え撃つ英国などの連合国軍はインド人兵士をトーチカに繋ぎ、必死の防戦をさせ、英国兵などは背後で観戦し、戦況不利となると息せききって逃げ出したという。タイ南部シンゴラ付近に上陸した第25軍本隊は西海岸を、侘美支隊らは東海岸を南下し、シンガポールを目指した。日本軍の多くは自転車に乗って進軍したという。不幸な時代には不幸な出来事もあったが、今は、戦争の名残はほとんど残っていない。 クランタン州もトレンガヌ州も州人口の大多数をマレー人が占めている。そして、イスラム法の施行を主張する野党PAS勢力が強い地域といわれている。前々回の総選挙以降、クランタン州政府はPASがイニシアチブをとっているし、トレンガヌ州は前回総選挙ではPASが勝ち、今回の選挙で連立与党が取り戻した。 しかし、クランタン州に行ってもトレンガヌ州に行っても、いわゆるイスラム原理主義、教条主義の政権が支配しているといったイメージはまったく感じない。明るく気さくな人々がわたしたち旅人を陽気にさせてくれる。パサ・マラム(夜市)の明りの中に働き者の女性たちの笑顔を見ると心が和む。早朝、漁船の群れが出港していく。数時間後、潮で焼けた真っ黒な男達が漁を終え帰港する。活気あふれるひとときだ。 マレーシアではどこでも、山に向かうと果物の王様といわれるドリアンや、女王のマンゴスティン、マンゴやランプータン、ロンガンなどが採れる。食べるものには困らない。だから、産業の少ない東海岸では時間の流れがゆったり進んでいるように感じる。それでも、行くたびに、街は少しずつ発展している。もちろん、カンポンと呼ばれる部落に行くと、昔ながらの高床式の木製住居から大勢の子供たちが飛び出してくる。モンスーンの季節には床の下に水が溜まり池になる。水溜まりの中で子供たちが元気に遊んでいる。 パハン州はキャメロン・ハイランド、フレーザーズ・ヒル、ゲンティン・ハイランドといった高原リゾートやタマン・ネガラ、そして、ダイビングのメッカのティオマン島とマレー半島の主要な自然派志向の観光地を掌中に納めている。外国人であるわたしたちからは、登山口や船着き場のある隣接州は美味しいところを根こそぎもっていかれているようで気の毒になってしまう。 パハン州の観光地は大自然と人間との共生を目的としている。カジノのあるゲンティン・ハイランドも含めて、自然の保護、生態系の維持に配慮しているのがうれしい。 |
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