| |
 |
 |
8月6日午前9時、全国高等学校野球選手権大会、つまり夏の甲子園大会の開会式がはじまった。60年前のこの日、昭和20年8月6日午前8時15分、広島市上空に閃光が走った。おびただしい量の放射能と摂氏4,000度の高温が人々に、そして、すべての生き物に、建造物に襲いかかった。太平洋戦争で日本に決定的なダメージを与えるために投下された原子爆弾だった。爆心地近くの人々、動物も植物も瞬時に、ことごとく死に絶えた。爆心地近くにいて幸運にも生き残った人々、爆心地から離れて閃光を浴び放射能を浴びた人々の生き地獄がはじまった。
60年の歳月により、わたしたち日本人の心から原爆の記憶がうすらいでいく。原爆の悲惨さを、戦争の残酷さを伝えてくれる被災者の多くが次々に死んで行く。広島の原爆記念日に訪れた小泉純一郎首相は式典で挨拶をしたが、車で5分ほどでいける被害者のホームは無視していった。A級戦犯が合祀された、戦没者の霊を祭っている靖国神社に参拝するのに、60年間、原爆で苦しみつづけてきた人々には関心を向けてはくれない。わたしたちの日常から戦争という二文字がまったく縁のないものになっている。平和そのものの日本では、平和を感謝する心も忘れ去られている。すぐとなりの国ではせっせと原爆を造っている。そのとなりの国ではせっせと軍備を増強している。それでも「原爆? 戦争? まさかね」で笑い飛ばしてしまう。世界中でもっとも平和な国民がいる。現実に目を向ければ、世界のあちこちで戦禍におわれ、銃弾に倒れた人々がいる。いつ、ミサイルを打ち込んできても不思議のない国があちこちにある。
甲子園に出場する広島県代表高陽東高校野球部の工藤信司主将が、朝日新聞広報宣伝センター長の松本督(すすむ)氏を通し、甲子園大会を主催する全国高等学校野球連盟(高野連)に対し、出場校の選手たちによる黙祷を呼びかけようと試みた。この申し出を受けた高野連の田名部和裕参事は「原爆は広島だけのこと、この場で皆を巻き込むのはよくない」として拒否した。朝日新聞側も同じ意見だとしてコメントした。高陽東のチームだけが8時15分、広島に向かって黙祷を捧げた。これは毎日新聞の記事だ。
周知のとおり、春の選抜高校野球は毎日新聞社が、夏の甲子園の高校野球は朝日新聞が主催している。
8月6日の広島の原爆の日、9日長崎の原爆の日、15日の終戦記念日と8月は日本人にとって、戦争や原爆で亡くなったすべての人々の冥福を祈り、平和な世界が訪れることを願う日々が続く。国民のほとんどが今日の日本の平和をよろこび、戦争のない世界を望んでいる。
特別な思いのある人々をのぞいて、原爆が原因で亡くなった広島とか長崎の無辜の人々の霊だけを慰めよう、原爆や核兵器だけをなくそうとは思っていない。同様に、特別な思いや利害のある人をのぞいて、終戦の日に、戦争で亡くなった日本人の霊だけに祈りを捧げ、日本だけの平和を願うひとはほとんどいない。
東南アジアで生活しているわたしたちは、あちこちで戦争の足跡を見ることが多い。平和祈念碑をまのあたりにして、わたしたち日本人の多くは戦争で犠牲になったすべての人々、日本人だけでなない、アメリカ人、イギリス人、オランダ人、フランス人、ドイツ人、イタリア人、中国人をはじめアジアの人々に哀悼の意を捧げ、地球上から戦争をなくしたいと願っている。もちろん、なにも感じない人々も多くいる。60歳以下の日本人は、生まれてこの方、平和も安全も政府の責任でもたらせるものと感じている。
高陽東の選手たちは、少なくとも政治家や自称文化人の思惑によって黙祷を呼びかけたのではない。世界平和とか、核保有国云々といったむずかしい理論も関係ないだろう。ただ、人として、自然な思いで原爆の犠牲者に対してのみ黙祷を捧げようとしたのではないだろう。仮に出発点はそうであっても、黙祷しながら原爆の犠牲者を思い、戦争の悲惨さを思い、永遠に、地球上から戦争や核兵器をなくしたいと願う──甲子園に集まった野球をする仲間の心が一つになって、全国の人々に伝わってほしい。そう願っていたのだろう。
「原爆は広島だけのこと」という高野連の意見を知って感じたのは、北朝鮮による日本人の拉致問題を、「日本と北朝鮮だけの問題」として、六カ国協議の議題からはずそうとする中国や韓国の思考形態とそっくりだということだ。論点をすりかえて面倒くさいことにはかかわるまいという姿勢なのか、平和を呼びかけるNPOや労働組合などの団体を嫌っているのか、どっちにしろ、高野連と朝日新聞の対応は理解できる範疇を越えている。
高野連のモットーは野球による全人教育ではなかったか。だから、一年生部員がタバコを吸った責任をチームがとらされるし、下級生部員に対する暴力行為をした数人の部員のために出場辞退に追い込まれてしまう。高野連は「野球は教育の場、選手はスポーツマンシップにあふれた純粋な少年たち」という絵に描いた餅を金科玉条のごとくかざしてきた。現実は、選手同士の足の引っ張り合い。下級生部員へのいじめ、暴力。子供をレギュラーにするための親たちと監督やコーチとの特殊な関係。プロ野球関係者や大学野球関係者と、監督やコーチ、選手の特殊な関係。無視されてしまう、レギュラーになれなかった選手たちの行く末。高校野球が私立高校の生徒募集に利用され、広範囲からの選手集めがすすんで、高校野球は堕落した。そうした現実を見ないふりをして、自分勝手な理想像を高校野球にもとめている、それが高野連だということなのだろう。
高野連の価値観には合わないけれど、高陽東の選手たちの申し出は、甲子園という舞台をかりて、選手たちが自発的に考え出した「平和教育」だったのではないか。「平和」は朝日新聞のもっとも好むフレーズのひとつではなかったのか。高野連という教育者のふりをした老廃物を説得してでも、やらせるのが、朝日新聞の真骨頂ではなかったのではないか。
翌7日の朝日新聞朝刊には、「(朝日新聞内の)社内連絡の不十分だったために混乱を招いた」、「同校と高野連におわびした。」と書かれた陳謝記事が掲載された。高野連の田名部参事が「原爆は広島だけのこと」という報道については、高野連は「事実とは異なる」と同社(朝日新聞のことか)に抗議したとも書かれていた。田名部参事は「そんな不適切な発言は断固していない」と発言している。毎日新聞はというと、田名部参事から直接取材してはいないとして、関係者からの伝聞だったと記事の修正を図っている。
この流れを見ていると、朝日新聞がひとり悪者になって、高野連を聖域として高みにおいたまま穏便に収めようとしているように見える。また、毎日新聞も選抜の主催者として、高野連との関係が壊れるのは困ると泡をくって、「言ったかもしれない。言わなかったかもしれない。取材記者が裏づけをとらなかったのは自分たちのミスだ」として、事実を「藪の中」に封じこめようとしているようにも見える。高野連というよりも、「甲子園の高校野球」という巨大なイベントがマスコミに君臨しているかのように見える。
多くの読者は「そんなバカな」と感じただろう。よくわからないが、間違いのないことは、誰かが「原爆は広島だけのこと、この場で皆を巻き込むのはよくない」と高陽東野球部の選手たちに言って、黙祷を呼びかけることをやめさせたことだ。誰かが言った。でも「そんなことは言っていない」ということになってしまった。誰かがウソをついている。言ったことを言ってないとしているか、言ってもいないことを言ったように報道しているか、「社内の連絡不十分で誤解が生じた」とか「客観性を欠いた取材だった」で丸く治めてしまおうとしたのか。少なくとも、高校野球を教育活動と考える大人のすることではない。
わかっていることは、高陽東野球部の選手たちの思いが、ふだんは教育者然としている高野連や、文化や良識の担い手である新聞社のうちの誰かのウソのおかげで他校の選手たちに伝わらなかったことだ。「穏便にすませよう」ですむなら、高知県代表の明徳義塾が出場を辞退する必要はなかった。少なくとも、部長と監督が辞任して責任をとっているのだから、高野連は許してやればよかった。もちろん、タバコはともかく、下級生部員への暴力は許されない。暴力をふるった選手をベンチ入りさせないで、練習停止とか、退部とかいう懲戒をあたえるべきだった。
少なくとも、高陽東野球部の選手たちは高野連をはじめとする大人たちの言動に大きな不信感をもつことになる。言ったことを、言わなかったですませてしまう人がいる。それ糊塗してしまおうとする人たちがいる。それぞれが逆らうことのできない雲の上の存在だ。明徳義塾が出場辞退に追い込まれた記憶が生々しい。何十人もの野球部員、監督、コーチがいる。全員が聖人君子ではない。知らぬ間に事件事故に巻き込まれてしまうこともある。高校野球強豪校を落しいれようという陥穽はあちこちにある。「部員がいたずらで煙草を吸っていた」というような、どうでもいいようなことでも、監督やコーチ、上級生が真剣に下級生を指導しようとして、はずみで身体や心を傷つけてしまうこともある。鍛えるということは、見方を変えればしごきであり、いじめともとれる。退部した元選手が、レギュラーをはずされた部員の保護者が高野連やマスコミに密告することもある。どの強豪校も多かれ少なかれ、そうした悪意の目を気にしている。絶対的権威者である高野連、それを支える新聞社、彼等の気に入らない言動をしたら、どういうリアクションがあるかを恐れている。「うっかりしたことを言ったら、なにをされるかわからない」と思っている。だから、高陽東野球部の選手たちは二度と黙祷については口にしないだろう。権威者たちが気に食わない高校をオミットするくらい雑作もないことなのだから。
8月、真夏の祭典『甲子園大会』がある。わたしたちには戦争で犠牲になった人々を悼み、同時に地球上からすべての砲火がきえて、世界が平和になることを願う日々がつづく。
|
 |
| |
|
|
 |
|