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2012年のオリンピックから野球とソフトボールが消えることになった。日本にとって、メダルが確実にねらえる競技がなくなることに一部のスポーツメディアと野球・ソフトボール関係者が復活をもとめて活動している。活動といっても、国際協力機構(JICA)から青年海外協力隊やシニアボランティアで指導者として派遣されている以外では、ほとんどが口先だけで実体の伴わないの活動だ。
野球はともかく、ソフトボールがオリンピック競技になったこと自体が大きな間違いだったとしか言いようがない。野球は男性のスポーツ、ソフトボールは女性という認識で選ばれたのだろうが、野球のついでに選ばれた付録という印象がつよかった。ソフトボールが全世界に広まっているなどと信じる人たちがいたことさえ大きな驚きだった。
メインとなる野球でも、盛んなのはアメリカを中心とした北米・中米地区と、日本を中心とした東アジア地区だけだ。もちろん、2000年にシドニー、2004年にアテネでオリンピックがあったおかげでオーストラリアとギリシャは強化され、オーストラリアは日本に勝るとも劣らない実力を有している。この両国は例外として、北中米、東アジア両地区とも人気の中心はアメリカ大リーグであり、日本のプロ野球だ。しかし、肝心要の大リーグも日本プロ野球もオリンピック競技復活に対して真剣に取り組む姿勢はない。ことごとくのスポーツ団体には世界組織を頂点とし、アジア、ヨーロッパと大陸別の組織、さらに東アジア、東南アジア、南アジア、中央アジア、中東というふうに地区ごとの組織がある。普及が進んでいない地区では、どうやってより多くの人々が参加できるか、そのためにはどうしたらいいか、そして、必要に応じてどこに指導者の派遣、器材の補充、金銭的バックアップといった援助を求めるか、真剣に議論され、実行につとめている。残念ながら、野球にはそうしたきめの細かさがない。自助努力もない。それは、まずプロがあって、それが絶対的な人気を博し、資金的には個別に企業化してしまっていることに原因の一つがある。
もちろん、ボールゲームで唯一、左右対照なゲームではないということと、一方だけが攻撃し、その間、相手方は守るだけというスピード感のなさなども原因だ。そして、より観客にエキサイトしてもらうためにルールが少しづつ進歩していくボールゲームの特徴をもっていない。自分たちがエキサイトして、危険なボールを投げたり、乱闘したり、審判を罵倒したりするのが関の山だ。アマチュアの高校野球は、成長過程にある高校生に聖人君子であることを要求し、一人、あるいは数人が高校野球精神に反する行為をしたら連帯責任を強いてしまう。野球自らが、ふつうの人々の感覚から遊離していく。
オリンピック競技として復活するためには、より多くの国々で、より多くの競技人口をふやし、技術レベルを向上させていく以外方法はない。しかし、その中核にあって影響力の大きな団体が、海外での野球の普及、技術向上、ともに無関心であれば永久に復活はないだろう。共産主義国家キューバについで中国で野球が盛んになったのは、言うまでもなくオリンピックや世界選手権でメダルをとることによる国家意識の高揚が目的だ。プロが存在するアメリカ、カナダも日本、韓国、台湾も野球は金になるスポーツであり、その大多数の選手は家族ぐるみのバックアップによって現在のポジションを得ている。少年野球のリトルリーグ、甲子園大会を頂点とする高校野球、大学野球も社会人野球も、選手たちはことごとく一度はプロを夢見る。そして、頂点を目指さなかった野球少年も含めて、軟式ボール、硬式ボールを握った経験のある人たちは無数にいる。
かくいうわたしも、少年時代には近所の子供たちをあつめて草野球チームを作り、休日毎に他地区の草野球チームと試合して歩いた野球大好き少年だった。小学生時代に遊びといえば相撲か、ソフトボール、木登りぐらいだったから、郷土のヒーローだった長嶋茂雄選手にあこがれ、高校野球の県大会のときに甲子園の常連だった銚子商がわたしたちの高校のグランドで練習しているのを見て興奮した。
それでも、野球とソフトボールはオリンピックとは別の世界にあるスポーツだと感じていた。
野球ファン、ソフトボールファンがどんなに「オリンピック競技として復活を」と叫んだところで、日本からは何の働きかけはないだろう。それどころではないというのが本音だろう。一流といわれる選手たちは大リーグへ行ってしまい、プロ野球は、プロ野球機構としても個別の球団としても早急な改革が要求されている。プロ野球の盟主といわれる読売巨人軍の凋落は、渡辺恒夫オーナーの金にあかして一流選手をあつめるという傲慢な手法が破綻したからだ。プロ野球の利権構造も高校野球の利権構造も大新聞社による支配という点で一致する。野球界は問題が山積している。
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坂本氏の
“五輪の野球除外・日本は「再採用」へ力尽くせ”のむなしさ |
8月30日付の朝日新聞の『私の視点』にマレーシア在住の坂本博文氏の“五輪の野球除外・日本は「再採用」へ力尽くせ”という意見が載っていた。アジアの野球大国である日本という国が、マレーシアのような「野球後進国」に対してどういう努力をすればいいか、という問題提起だ。
高校野球の監督をし、マレーシア代表のヘッドコーチだった坂本氏の気持ちはわからないでもないが、同じマレーシアで柔道というスポーツに関わり、同時に多くのスポーツの状況を見てきたわたしには、空々しい叫びにしか聞こえない。
柔道に限らず、オリンピックで実施される競技だけでなく、ヨーロッパにルーツをもつスポーツ以外のスポーツは、その普及、発展のために多大な努力を惜しまずにやってきた。オリンピックの実施競技もその他の世界中に広がっているスポーツの多くはヨーロッパに起源を発するものだ。陸上や水泳もその例に漏れない。言うまでもなくオリンピックはヨーロッパを発祥の地とする。ヨーロッパから見れば、アメリカで生まれた野球やソフトボール、アメリカンフットボール、ボーリングなどはアジアで生まれた柔道やテッコンドウと同格か、下手をすれは見下されてしまう。それは唯一世界の派遣を握るアメリカへの反感もあるだろうし、アメリカ自身のもつ傲慢さもあるだろう。その象徴が大リーグ機構だとも言える。
アジア発祥の、韓国のテッコンドウ、日本の空手、剣道の普及・発展への努力は賞賛に値する。東京オリンピックで一躍世界のトップに踊りでた(現在は低迷しているが)バレーボールは、その後、多くの日本人コーチが世界に飛び出していった。サッカーは世界のトップ選手やトップコーチを招いて、世界への階段を上った。今では、ヨーロッパで活躍している選手たちが日本をひっぱっている。わたしの友人でミャンマーでバレーボールのコーチをしている人もいる。指導者ではないけれど、オーストラリアやマレーシアで地元の人々と一緒にバドミントンをやっていた学生もいた。多くの日本人がスポーツを通じて現地の人々と親しくなり、信頼を得ている。
それぞれのスポーツの日本を代表する組織が必要に応じて、多くの国々に指導者を派遣したり、講習会を開いたり、昇段審査をしたり、親善試合を催したりしている。柔道に関しては、日本以外のフランス、イギリス、ロシア、韓国、中国などの指導者も世界中で活動している。そして、柔道場のあるところには、ビジネスや学業、旅行でその国を訪れた柔道経験者が柔道着を着て汗を流している。空手も剣道も、テッコンドウも本国から派遣された指導者以外のボランティアの指導者が数多く参加している。
各国に駐在するビジネスマンや、学生たちが自分たちもたのしみながらサポートしている。
私事だが、マレーシアで生活するようになって13年半、この国の柔道に関わってきた。その前の2年はオーストラリアのパースで西オーストラリア大学の柔道部の連中と一緒に稽古をした。西オーストラリアで柔道をやる前の15年あまり、わたしは柔道から遠ざかっていた。たまたま娘の同級生の父親が元オーストラリアの無差別級チャンピオンで、わたしがその昔柔道をやっていたことをしって「一緒にやろう」と迎えにきてくれた。まだ、元気だったわたしは、ひとまわりもふたまわりも大きなオーストラリア人学生たちに自分の知っている技、とくに寝技を一生懸命に教えた。寝技が大好きだったピーター・スワンは半年でわたしの教えたことをすべてマスターし、わたしを超えてしまった。柔道部のメンバーの中の3人が日本に行き、アルバイトをしながら駒澤大学、日本体育大、国士舘大などにでかけては柔道の練習に励んだという。当時、彼らと一緒に柔道をしていた日本人のわたしたちは、彼らが生活しやすいよう、柔道の練習がしやすいように手をつくした。
東南アジアで13年あまり柔道にかかわってきたおかげで、わたしは、マレーシアの選手たちだけでなく、カンボジアやラオス、シンガポール、インドネシアなどの選手たちからも「先生」と呼んでもらえる。わたしも係わり合いながら、様々なサポートをしている。講道館や高校柔道部や町道場などから、使い古しだが、まだ十分に着られる柔道着や古くなった畳を日本から送ってもらって、各国、各地の柔道協会に贈呈している。
幸いなことに、柔道というスポーツは、創始者嘉納治五郎先生を筆頭に多くの先生たちが海外での柔道の普及、技術の向上に力をつくしてきた。フランスやイギリスなどではひょっとしたら日本より盛んじゃないかと感じるという。偉大な先人たちのおかげで、世界中、大きな都市ならばほとんどの都市に柔道場がある。前述したが、これは柔道だけではない、空手も合気道も世界中に普及しているし、韓国の国技テッコンドーもめざましく普及している。日本の独自性がつよすぎてあまり目立たないが、剣道も海外への普及に力を入れている。それぞれの競技団体の努力は言うまでもないが、ほかに数えきれないほどのボランティアが協力している。そのボランティアは駐在員であったり、自営のビジネスマンだったり、学生だったり、多士済々だ。
スポーツに国境はない、民族の壁もない。海外に出て、自分の好きなスポーツを通じて地元の人々とのコミュニケーションを図ることはすばらしいと思う。スポーツに限らず、芸術文化活動、ボランティア活動にかかわるのは、この国で生活していく上でのマナーではないかと思う。互いに理解しあい、尊敬すべきは尊敬し、教えられることは教える。この国の人々と対等に接しあえる場をもつべきだと思う。
だから、坂本氏は自分の経験を生かして、野球のナショナルチームの指導をしてきたのだろう。スポーツを愛する仲間として、ひとりでその場に入っていった坂本氏をすばらしいと感じている。 |
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| では、野球やソフトボールはどうか。 |
坂本氏の文には、マレーシアに野球のナショナルチームがあったと書かれていた。数年前、日本の企業がスポンサーになっていたソフトボール・チームがあった。
問題は、マレーシアの野球とソフトボールに、日本がどれだけ関わっていたかだ。どういう手続きがあって坂本氏が代表チームのコーチに指名されたのかは知らないが、もし、坂本氏が本気になってマレーシアで野球やソフトボールを普及させようという意思があったら、やれることはたくさんあったはずだ。
クアラルンプール日本人会には大規模なソフトボール大会もあれば、少年野球のクラブもある。自称甲子園球児だったという青年や元野球部員だったおじさんたちも大勢いる。ボランティアのコーチにはことかかないはずだ。おまけに、メンバーには大企業の社員たちが腐るほどいるのだから、なんらかのスポンサーも期待できたはずだ。それができなかったのは、坂本氏の熱意の問題というよりも、野球・ソフトボールの選手だったという人たちの、野球をやる地元の人々と関わることに対する意識の低さが原因だろう。
元々、クアラルンプール日本人会の活動は会員のためだけのものであって、日本人会のクラブハウスも、日本人学校の施設も基本的には会員以外には利用させないことになっている。必然的に、ソフトボール大会や少年野球にマレーシアの人々が参加しづらいシステムになっている。バレーボールもサッカーも同様だ。もちろん「会員になってくれれば、ソフトボールでも野球でも参加してくださってけっこうです。KL日本人会は地元の人々の入会をお待ちしています」と言うにきまっている、から「拒絶している」とは書かないけれど、実質的には・・・。
そして、KL日本人会のソフトボールやバレーボールに参加している人たちの三割、四割の人たちは日本人会の会員ではないという現実がある。剣道の練習に参加しているマレーシア人のために「施設使用料」というのがあるそうだが、それすらも払わない人が大勢いる。そのくせ、会員ではないソフトボールの参加者に「なぜ日本人会にはいらないか?」と聞くと、ことごとくは「日本人学校にかよっている子供がいないから、日本人会に入っても何のメリットもない」と答える。ソフトボールをやらしてもらっている、ソフトボールによって多くの友人知人ができる。プライベートな面だけでなく、ビジネスでも役に立っているはずだ。それだけのメリットがありながら、臆面もなく「何のメリットもない」という人々のマナー知らず、恥知らずにはあきれはてている。
規則(ルール)は守らない、マナーも守らない、それでも大企業で働く日本人だからで大目に見てしまう。ふつうのスポーツは「ルールを守り、マナーを守る」のが大前提だ。つまり、それが、クアラルンプール日本人会のソフトボールであり、その中に、元高校球児や大学や社会人野球の選手だった人がいるなら、そもそも野球とかソフトボールはそのレベルでしかないということだ。
オリンピック代表の宇津木監督が記者会見をするという某大手企業から通知があった。なぜか「ただし、このイベントは日本人会のソフトボールが主催で、当社は関係ありません」という奇妙な追記があった。「ジャパンの監督だった人が、日本人会のソフトボールだけを相手にしている」と感じたので、会見には行かなかった。宇津木監督はなぜ、地元のソフトボールチームとの交流を促進しなかったのか、そうした活動をアピールしなかったのか、不思議でならなかった。
もう10年くらい前になるのだろうか。KL日本人会の選抜チームと、セランゴール州代表チームの親善ソフトボール大会があった。あのイベントはなぜ、つづかなかったのだろう。それも不思議でならない。400人、500人もいるメンバーたちが知恵を出し合ってサポートしていくことはできなかったのだろうか。
わたしのようなけして好意的ではない外野席の観客から見れば、野球・ソフトボールをやる人たちはルールを守らない、マナーを知らない人が大勢をしめていると思っている。もっと言うなら、高いハードルを設けて、地元の人々が近よりにくくしているKL日本人会の姿勢にも問題があるように感じる。
十年以上前、わたしたち柔道愛好家は「会員以外の施設利用はできない」というクアラルンプール日本人会の施設の利用をあきらめて、クアラルンプール市のスポーツ施設に道場をもった。クアラルンプール市はわたしたち外国人が、メンバーの半数が日本人だった柔道クラブに心よく施設を貸してくれた。会則にマレーシアの人々との友好親善や相互理解をうたっているはずの日本人会の施設では、マレーシアの人々、とくに若い学生たちと一緒に柔道をやることはできない。わたしたちが柔道をやるのは、自分たちが柔道をたのしみたいからということもあるが、できるだけ多くのマレーシアの若者たちに柔道をやってもらいたい、より強くなってもらいたい、そうすることで、わたしたち自身のマレーシアでの生活を実りあるものにしたいという願いがこもっている。
だから、一、二年前に非公式に「日本人会のクラブハウスの中で柔道もやってくれないか」という話しがあったが、お断りした。そして、そういう理由もあってわたしは日本人会には加入しない。 |
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| 『まず、隗よりはじめよ』 |
他人事のように日本の野球組織に呼びかけても何も生まれてはこない。
『まず、隗よりはじめよ』ということわざがある。坂本氏はまず、クアラルンプール日本人会ソフトボールの全員、少年野球の指導者、保護者を含めた全員にはたらきかけて、マレーシアの野球、ソフトボールに何ができるかを相談すべきだ。バットやボール、グラブ等々、道具や器具に金がかかるのならどうすればいいか? スポンサーを探すには? 十人よれば、文殊の知恵よりいいものがでるかもしれない。マレーシアではじめてから、タイや、インドネシアなど東南アジア諸国の仲間に協力呼びかける。そういう地道な努力以外にオリンピック復帰への道は開かれない。
つまり、日本人会のソフトボールの参加者の中から、せめて、十人でも二十人でもまともなスポーツマンを探し出すことが先決だ。五百人もいれば、それくらいはルールとマナーを守る人がいるはずだ。
「日本は野球・ソフトボールの復活に」と叫ぶのなら、「まず、隗よりはじめよ」。KL日本人会のソフトボールに呼びかけて、ボランティアを探すことだ。 |
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