■取材の服装
天皇皇后両陛下が在留邦人とご歓談になる際に、マレーシアにある日本語メディアも写真撮影が許可された。取材時の服装はアフドラ・バダウィ首相やナジブ副首相など主要閣僚が出席したり、アゴン(国王)やサルタンといった王族が主賓となるときにはバティックやネクタイにジャケットを着用、硬い内容の記者会見にはネクタイ着用だったり、清潔なシャツを着用したりする。しかし半数以上は気軽に、でも基本的には襟付きのシャツを着ていくようにしている。
他人の寝室にでも平気で土足で踏み込んでいくのがジャーナリスト、カメラマンといったメディア業界関係者だと思われているが、マレーシアには薄汚れたティーシャツに膝に穴があいたジーパンというのは、少なくとも現地のジャーナリストにはいない。(カメラマンの服装は自由奔放だけど。)いるとしたら、この十年間に日本人の記者で2人いた。一人は我が『日馬プレス』の社員だった。もちろん、叱って改めさせた。「普段着でいいですよ」と言われても、新製品発表会などのイベントは取材先の人びとにとっては大切な仕事、必要最低限のマナーとして、こちらも仕事なんだから襟付きのシャツでこざっぱりした服装であるべきだと考えている。
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両陛下の取材記者の服装は?
天皇皇后両陛下に直接拝謁する訳ではないけれど、どんな服装が適切であるかは考えた。「ふつうでいいんじゃないですか」と言われたけれど、公務員や大企業の駐在員の「ふつう」と、わたしたちの「ふつう」ではレベルが違う。彼らにとってスーツにネクタイは制服、ラフな服装はむしろお洒落だという人がいた。わたしたちにとっては、ネクタイはお洒落、ジャケット(ブレザー)を着たらほぼ正装、スーツなんていったら年に一度の檜舞台みたいなもの。
わたしにとっては「天皇は、日本国の象徴であり国民統合の象徴」であって、無条件に敬愛すべき存在だ。日本の千数百年の歴史の中で、権力の強弱を超えて、日本の人の心の中に中核をなす系譜として生きつづけてきた。まさしく「国民統合の象徴」だった。だからと言って、「日本は天皇を中心とした神の国」だなんて思ったことはないし、崇拝の対象だと思ったこともない。それでも、天皇皇后両陛下の近くにいて、垣間見ることができるというのは、生涯に一度か二度しかないすばらしい出来事だと思う。
拝謁に見えた在留邦人の皆さんも、外務省と宮内庁の役人の皆さんも全員がキリッとしたスーツにネクタイ姿で女性たちもフォーマルなドレスを着用していた。
同行記者、カメラマンに中にはスーツの上着を脱いで撮影していた人が数人いたが、ネクタイを締めて見苦しくない格好をしていた。
■異端児は時代の寵児か?
たった一人、ジャケットなし、長袖のワイシャツをちょっとだらけて着こなした、普段着のままの記者がホテルのロビーに入ってきた。地元紙N新聞の記者だった。一人だけ浮き上がっているのはだれの目にも明らかだった。自分自身がそう感じていたら、おそらく、ホテル内のキオスクで土産用のネクタイを買って最低限の逃げを打っただろう。彼は悪びれることなく、謁見が行われるまで30分以上をすごしていた。だれも彼のそばには近寄らなかった。
N新聞の記者の服装をだれもとがめはしない。法律を犯した訳ではない。太平洋戦争に敗戦するまでのように「不敬罪だ」と咎められることも、「非国民」だと誹られることもない。ただのマナー無視、非常識でしかない。ただし、日本だけでなくマレーシアの人びとも注目している両陛下のご訪問の取材にノージャケット、ノーネクタイ姿は絶対的に好ましくない。
三十前後の世代の中には「いいじゃない。何か問題があるの?」と感じる人もいるだろう。どんな場面でもTシャツ姿で、「金で人の心は買える」とのたまった堀江貴文、ホリエモンに共感した若者が多かったように、若い世代の人びとにはN新聞の記者は、おじさんおばさんたちの価値観を覆すヒーローだと思われるに違いない。そういう自由もある。でも、そういう自由を主張するなら、その価値観が通用する世界にいればいい。価値観が通用しない世界にでてきて、「憲法で保証された自由だ」というのは思い上がりだ。1年前のホリエモンには、見せかけだけでも既成の価値観を打ち破ろうとするエネルギーがあった。爆発的なエネルギーをもたない99.9%のふつうの人びとは、時と場所と情況によってそれにふさわしい価値観や常識に縛られて生きていくしかない。
日本の中では「日の丸」、「君が代」を無視し、「天皇」を否定する人たちがいることは知っている。しかし、それをいう人に限って「憲法改正反対」を声高に叫んでいるのが理解できない。憲法の「思想・信条の自由」を強調する人も多い。けれど、憲法には「天皇は、日本国の象徴であり国民統合の象徴」と明記されている。現行憲法を金科玉条とするならば、まず憲法第一条「天皇」をよく読むことだ。N新聞の記者が「天皇」、「日の丸」、「君が代」否定論者であるなら、ノージャケット、ノータイのだらしない格好というのも理解できる。しかし、ならば、取材にくるべきではないし、彼が取材に着たこと自体、危険きわまる事態だ。
それにつけても、マレーシアの人びともメディアも注目している両陛下の取材に普段着はない。少なくともふつうの国では、どこの国の国家元首に対しても最大限の敬意を払うのが常識でありマナーだ。ふだんは傍若無人なジャーナリストであっても、国家元首には敬意を払い、身だしなみにも気を使う。それがふつうの社会に生きる常識だ。わたしたち海外で生活する人間は、多くの外国の人びとの目が光っていることを忘れてはならない。自己主張よりも、日本人としての矜持、アイデンティティーをもって、軽蔑されるような行為は慎むべきだ。メディアに生きる人間はなおさらだ。
N新聞の記者の服装を、マレーシアの記者やカメラマンたちはどう感じたろう。「こういう日本人がいた」とでも書かれたら最悪だ。 |