■東京証券取引所の一部上場企業に石原産業という化学企業がある。
マレーシアの歴史に詳しい人なら、「石原産業」といえば、石原廣太郎氏によって大正9(1920)年、ジョホール州スリメダンに鉄鉱山を開発するために作られた合資会社「南洋鉱業公司(資本金10万円)、のちに「石原産業海運合資会社」、「石原産業株式会社」であることは知っている。ジョホール州を足がかりに、マニラに進出し、中国海南島の鉄鉱山開発と平行して、四日市に工場を建設していった。同社は南洋海運を新設し、マレー半島とジャワ島、スマトラ島の定期航路をつくるなどして、漁村だったバツパハをジョホール州第二の都市へと飛躍させた。ジョホールのスルタンは石原氏をダトに列し、勲一等に相当する勲章を与えた。
戦前には年に80万t〜100万t、終戦に至るまで合計1000万tにおよぶ鉄鉱石を日本に向けて積み出した。終戦後、シンガポールやマレー半島に残された人々のまとめ役として、石原産業シンガポール支店長杉山周三氏が活躍した。
石原産業は、終戦に至るまでのマレー半島とシンガポールの日本人社会を代表する偉大な人物だった。
戦後.硫酸、過燐酸といった化学工場、除草剤などの農薬事業などを基盤に総合化学企業として発展した。
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よりよい地球環境づくりがモットー。でも
現在の代表取締役である田村藤夫氏は、自社のホームページの中で「「より健康的で美しい生活環境を求める歴史は、これからもずっと続いていくことでしょう。昨今、私たちの住む地球のよりよい環境づくりが世界的な課題になっています。それは、私たちの子孫のためにも、人知の限りを尽くして取り組むべき課題であり、それを解決することこそ、まさに科学技術に課せられた使命です。今後とも、私たちは全世界の人々と手を携えて、この崇高な使命達成に取り組んでゆかなければなりません。(後略)」と挨拶として述べている。
また、同社には1994年1月1日に発表された「環境憲章」というのがあって、「環境・安全基本理念」、「環境・安全に関する方針」が書かれている。これらを読んだら、なんてすばらしい会社なのだろう。化学企業、日本企業の鏡だと思うに違いない。ただし、言っていることと、やっていることが同じとは限らない。
石原産業はチタン精錬後の排出物フェロシルトを三重県からリサイクル製品の認定を受け、「土壌改良剤」、「埋め戻し材」として販売してきた。フェロシルトの主成分は酸化鉄と石膏だが、ヒ素や鉛、カドミウムなどの有害物質や重金属を含む、産業廃棄物そのものと言われている。環境基準を超える六価クロム、フッ素の発生があるといわれ、放射線物質のウランやトリウムが含まれているという。各地で赤い水が流れ出している。さらに、フェロシルトを売る際に、別の産業廃棄物を混入させ、無許可産廃業者に処分を委託していたという。
このフェロシルトが住居地域の近くなどの埋め立てられ、放置され、野積みされている。また、埋め立てに使用されたフェロシルトはすでに土と混ざっているために、東海3県と京都府の約30カ所に約70万tが埋め立てられたのもが90万t近くになっている.完全撤去となるともっと多くを搬出する必要がある。
■ 全面撤去を約束.その後、命令取り消しをもとめ
平成17年11月21日付で石原産業(株)代表取締役田村藤夫名で「弊社に対する愛知県及び岐阜県からの措置命令について」と題するニュースレリースが発せられた。要約すると、「愛知県と岐阜県から“廃棄物の処理及び清掃に関する法律第一九条の5”に基づく措置命令を受領した。撤去期限までの回収に最大限努力する。期限までに撤去が不可能な場所については両県と検討する。」とある。
また、同年12月16日付で同社長名で、京都府からの措置命令についてと題して、「措置命令(京都府内に埋設された当社製品フェロシルトの全量撤去)を受領した。撤去期限までも回収に最大限の努力をする。必要に応じて京都府と協議する」と書いてある。
石原産業は、全面撤去を約束した。
それが、どういう訳か、平成18年、つまり今年の5月21日付の代表取締役田村氏の発表では愛知県からの「措置命令」を、廃棄物及び清掃に関する法律(廃清法)によるフェロルシルト等の撤去を命ずる「処分」と表現を変え、瀬戸市幡中地区に係る部分に限り処分の取り消しをもとめる訴訟を起こしたという。
瀬戸市には14万tが埋め立てられている。ここれは六価クロムは検出されていない(ほかでは検出されている。)。周りの土と一緒に撤去すると600億円かかる。会社の能力を超え、大量のダンプの走行で住民に迷惑がかかる。などという理由で、処分の取り消しを求めた。たまたま、瀬戸市では六価クロムは検出されなかった。だからと言って、ほかの埋め立てでは見つかっていることからして、周辺住民の不安は消えない。自社の売上額から見て、会社の能力を超えているということも言っている。
■ 石原産業は産廃トラブルの前科者企業
全量を完全撤去すると約束した石原産業が「やっぱりやめた」と言い出した。産業廃棄物の不法投棄は零細の産廃業者が多く、撤去は行政が肩代わり、あるいは放置が多かった。かりそめにも東証一部上場の大企業のすることではない。
ただし、石原産業には産廃トラブルで敗訴した経歴のある、前科者企業だ。
石原産業の産業廃棄物をめぐるトラブルは約40年前、昭和40(1965)年12月に同社四日市工場から酸化チタンの製造過程でできる硫酸廃液を伊勢湾に3380万t垂れ流し、昭和44年に四日市海上保安部が港則法違反、工場排水規制法などで摘発し、10年におよぶ裁判を経て、津地方裁判所は昭和45(1980)年3月、二人の元工場長に懲役3ヶ月執行猶予2年、石原産業(石原健三社長)に罰金8万円の有罪判決がくだされた。被告側は控訴せず、判決は確定した。
四日市公害の元凶だった企業が再び起こしたトラブル。4つの府県警察は廃棄物処理法違反で合同捜査をしている。前回同様、刑事訴追される可能性もある。
石原産業はマレーシアで成功した企業の大御所だ。わたしたちにとっては神様のような存在でもある。だから、なおさら気にかかる。 |