還暦を間近にして入院。
  渡邉明彦
   
 

 還暦となる60歳の誕生日を間近に控えた9月30日、柔道の練習中に、顔面が蒼白になり、意識がもうろうとしはじめた。「またか!」と二年半前に経験した脳梗塞の発作を覚悟した。立っていられず、子供たちの父兄の皆さんが心配して話しかけてくれたのに、呂律がまわらなくなってはっきりと情況を伝えられなくなっていた。前回と違うのは、左腕の麻痺がなかったことだ。柔道のあと人と会う約束があったのでズボンを履き変えて出て行こうとしたら、腕を抱えられ、「車を運転したら駄目だ」といわれた。「家に帰る」と言うと「家に帰ったら一人でしょ。何かあったらどうするの」と病院に行くことを勧められた。「病院に行ったら、入院させられちゃうから、イヤだ」と言うのに。無理矢理車に乗せられ、近くのパンタイメディカルセンターに連れて行かれてしまった。仕方なく、旧知のラオ先生に電話して「多分、脳梗塞だと思う」と告げて、救急外来に行った。ラオ先生は11年半前にわたしがガンになったっときにガンを見つけてくれた恩人で、脳梗塞で倒れたことも知っている。わたしの身体や健康について誰よりも詳しいドクターだ。ラオ先生が指示してくれたおかげで、病院の対応は早く、アッという間に入院し、点滴がはじめられた。脳梗塞は遅くも3時間以内、できれば1時間以内に酸素の供給が途絶えて壊死した脳細胞を復活させる薬を点滴で送り込めば、99%元通りになることを知っていたわたしは、とりあえず、元通りに戻るだろうとホッとした。

 電話は鳴るは、友人知人が見舞いにきてくれるはで、ベッドのまわりは忙しかった。お腹がすいたと言ったら、おにぎりを届けてくれた柔道の仲間がいた。「次いでだから、ビールを」と言ったら、大反対された。

 車いすに乗せられ、CTスキャンの検査に行った。ガンのときに放射線を大量被爆しているので、その後遺症を恐れて、レントゲンやCTスキャンは気が進まない。

 点滴のせいで頻尿気味になッたが、反面疲れがでてよく眠れた。翌日は大嫌いなMRI、状態を固定されて狭い円筒の中に入れられるのは閉所恐怖症のわたしには大変な精神的苦痛だ。病弱なわたしはMRIの中にすでに10回くらい、脳の中をガンガンガンガンとやられている。東邦大学佐倉病院で1回、このときは「助けてくれ。お願いだから出してくれ」と懇願して出してもらった。千葉県がんセンターで3回、東邦大学大森病院で2回、都立府中病院で2回、何度経験しても、30分もすると、「助けてくれ!ここから出してくれ!」と叫びたくなる。思わず「あと何分だ」と聞いた。「5、6分だ」と聞いいてからゆっくりと数を数えはじめた。

 画像による診断は、脳内出血や大きな脳梗塞の痕跡はなし、主治医の先生は「脳に問題はない。多分、脳に一時的に血液が行かなくなった突発的な虚血性の意識混濁だろう」と言うことだった。三食入院食だった。生徒の母親のKさんがうれしそうに「何にする?」と言いながら、メニューの用紙に自分の好きなものをリクエストしていた。「他にほしいものは?」というから「だから、ビール。自動販売機はないの?」と言ったのに無視された。

 入院生活2泊3日で退院した。車を運転して帰ったが、何となく反射神経の反応が悪くて、不安だった。月曜日はSS2のパサ・マラム。パサ・マラムで晩飯の買い物をして帰って自分で料理をした。翌朝用に、タケノコと松茸の炊き込みご飯の準備をした。自宅では一人、だれに気兼ねすることなくウォッカをミルクで割って飲んだ。最近、自分でも「アル中気味かな?」と思えるほど毎晩アルコールに浸っている。いい気持ちに酔って10時ごろにべッドに入り文庫本を読みはじめる。11時前には熟睡している。

 「現代医学のお世話にはなりたくない」と思っていたのに、結局世話になってしまった。でも、今、一番身体的に異常な部分については医者には言わなかったし、誰に言うつもりもない。痛みはあるし、苦しい。医者に言ったら、それこそ、長期入院させられ、大手術を覚悟しなければならない。そんな時間はない。日本の家族に現状を伝える気もない。家族に言えば、病気のことよりも先にまず「遺言書を書け」と言われるに決まっている。死と向かい合うような病気なると、現世利益の新興宗教を信じている家族から「お題目を唱えなさい」と入信を勧められる、挙げ句に遺産に執着する。病気になってへこたれているのに、「金が全て」のカルト教団の信者と対決するのはほんとうに疲れる。

 でも、多くの人にすくわれた。多くの人から「大丈夫?」という電話をもらった。心配してくれた人、心を和ませてくれた人、たくさんの人が支えてくれた。

 
     
 
   
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