| わたしが罹ってしまった咽頭ガンは全国で1,000〜2,000人程度、ガン患者全体の0.5%しか罹らないどちらかと言うと珍しいガンだそうだ。5年間生存率は20〜50%だという。これが下咽頭ガンになると20%以下になる厳しいガンらしい。原因は主として過度の喫煙と強い酒によってノドの粘膜を日常的に刺激したためらしい。わたしは酒は好きだが、量は飲まない。だから、酩酊して前後不覚になったのは60年の人生で20代のころに二度あったきりだ。ただ、タバコの量は18歳の頃から20代後半まで両切りのショート・ピースを一日30〜40本吸っていたから、質も量も大変なものだった。そのせいか、ショート・ピースを大量に吸う、名探偵宮之原警部の登場する木谷恭介氏の推理小説をよく読んでいる。
20代後半以後、ハイライトやマイルドセブンなどになった分、喫煙量がふえ、一日70〜80本吸う、超ヘビースモーカーになった。ニコチンとヤニで歯の裏真っ黒、手の指は真っ黄色、車のウインドもバックミラーも拭いてみると雑巾が真っ黒になった。
だから、肺の中はニコチンとタールで汚らしくなっていて、いつかは肺がんか気管支ガンになるだろうと思っていた。それが、13年前、思いもかけず、原因となったガンの分らない転移性リンパ腫になった。5年間生存率30%、でも肺がんや気管支ガンよりも生存率は高い。それに、「リンパ腫ではなくて、頚部にごく希に奇形で鰓が残っている人がいて、そこにガンが発生する人がいる。その可能性が高い」と、当時の主治医の先生が言っていた。「そうすると生存率はもうちょっといいかな?」と考えていくらか気楽になった。だとすると、ひじょうに珍しいガンだったようだ。このときは、千葉県がんセンターに入院したその日、主治医の嶋田先生の診察を受け、ナース・ステーションで婦長の渋谷さんに会って話を聞いていて「これは助かるな」と確信したことをよく覚えている。
二ヶ月以上、放射線治療を受けた。KLのパンタイで半月以上、放射線治療をやったので、放射線を三ヶ月、被爆しつづけたことになる。首の周りは大火傷状態で無残なものだった。食欲もなくなり90kg近くあった体重が30kg減ってしまった。気持ちが悪くて、気力も萎えてしまい、「もうイヤだ。これ以上放射線をやるくらいなら死むほうがましだ」と思って、放射線科の関谷先生に「もう。止めてください」と頼んだ。関谷先生は涙を流さんばかりの思いをこめて、思い切りわたしを叱ってくれた。わたしの命を救うために関谷先生も必死だったということを知り、うれしかった。この放射線治療のおかげでガンの膿瘍が小さくなり、頚動脈に癒着していると思われていた膿瘍が離れていた。頚動脈の一部を切るという、生命を失う可能性が高い危険な手術をしなくてすんだ。
放射線の後遺症で頚動脈が普通の人よりもノドに近くなってしまったことが、今回の咽頭ガンの手術の危険性を高めた。でも、それは13年も生かしてくれた代償だから、恨みっこなしにすることにした。
13年前のガンで入院したときに、わたしはタバコを止めた。以後、一本も吸ったことはない。それでも、肺は13年くらいではきれいにならないだろうなと思っていた。それよりも昔の超ヘビースモーカー時代にノドの粘膜を痛めすぎていたのだろう。
病院に行かないと決めていたわたしは、自分で勝手に咽喉ガンだと決めつけていた。5年間生存率80%と書いてある文献を見つけて、「病院に行けば、このガンは助かる」と思っていた。病院に行く気はさらさらなかったが、治るがんなら、わたし流の健康法で治るし、治らなくてもいいやと思っていた。咽頭ガンと知らされ、もし、下咽頭に転移していたら難しい手術になると主治医の先生に言われた。生存率は低くなる。「でも、この先生と、この病院なら治る」と信じていた。
幸い、下咽頭への転移はなかった。腫瘍の摘出手術の頃には、さすがに鼻から胃袋に通した管による流動食に飽きて、「美味しい固形の食事が食べたい」、「美味しい酒が飲みたい」という願望が強くなり、目標は生きて、元気で社会に戻ることに切り替えていたから、手術=完治だと信じきっていた。わたしの中で生存率は100%に近づいていた。「死ぬことはやめよう」と思っていた。
日々、医学は進歩している。5年間生存率も、13年前に比べて飛躍的に向上している。それでも、生存率を高めるのはガン患者自身の生きようとする気力だと思う。その気持ちを支え、育んでくれるのが、病院であり、医師であり、看護師だと思う。
医療過誤、医療事故がふえているように報じられている。人間が他の人間の生命に関わる治療をするのが医療だ。人間は神様ではない。手が震えることもあれば、肝心のことを忘れることもある。人間に過ちはつきものだ。多くの人とは、治療を受ける前に、病院を疑い、医師を疑う。そして、幾つもの病院に行き、幾人もの医師にかかる。そして、自分の考えに一番近い病院や医師を選ぶ。所詮、素人の患者が専門的な医療の善し悪しを選択している。ならば、本気になって自分の病気を治そうとしてくれる医者を自分の目で選べばいい。そして、一度信じたら、最後まで信じつづけることだ。信じているという思いは医師にも、神にも伝わるものだ。 |