タイのシルク王ジム・トンプソンはキャメロンハイランドから消えたのは1967年3月26日の午後のことだった。
トンプソンは商用でバンコクからシンガポールに向かう途中、イースター(復活祭)の休暇を避暑地キャメロンハイランドで過ごそうと、ペナン経由で友人であるシンガポールの医師、リン博士の別荘『ムーン・ライト・コテージ(月光荘)』を訪れた。二十年来の友人であるコニー・マンスコー夫人も一緒だった。26日の午前中、トンプソンはリン博士夫妻、マンスコー夫人とともに近くの丘までピクニックをたのしんでいる。三人と一緒に撮った写真が残っている。昼食を終え、みなが午睡をしている間に、トンプソンの姿が消えた。ベランダにはタバコや持病の薬(胆石の発作を鎮める薬)が残されていた。
夕方になっても、夜になっても、翌朝になっても、ジム・トンプソンハ姿を見せなかった。それっきりだった。
ジム・トンプソンは100年前の1906年3月21日生まれ
ジム・トンプソンは今からちょうど100年前の1906年3月21日、アメリカのデラウエア州(東部13州の一つで、2番目に小さい州)グリーンビルで生まれた。プリンストン大学に通い、その後建築家になるためにペンシルバニア大学を卒業し、建築家としてニューヨークで働いた。34歳のときトンプソンは陸軍を志願た。第二次世界大戦がはじまると、設置されたばかりのCIA(中央情報局)の前身であるOSS(Office of Strategic Services=戦略作戦局・公式の訳語はない)のメンバーとなり、訓練を受け、欧州戦線に行った。ナチスドイツに占領されていたフランスで特殊任務についた。ノルマンディー上陸作戦にも従軍している。
ドイツが敗北したのち、トンプソン大尉は厳しい訓練を受け、日本軍に対して地下組織として抵抗していた「自由タイ」を後方から支援するためにタイに向かった。トンプソン等を乗せた航空機がセイロン(現在のスリランカ)を飛び立ち、ビルマ(現在のミャンマー)の上空にさしかかった1945年8月15日、日本は無条件降伏した。混乱の坩堝にあったバンコク空港に初めて降り立った戦勝国アメリカ軍の将校となった。数週間後、トンプソンはOSSのバンコク支局長になった。しばらくして、帰国命令を受けたが、アメリカに残してきた妻と離婚したこともあって、OSSを除隊し、バンコクにとどまる決意をした。
当時、バンコクにあった唯一の欧州スタイルのホテルだった『オリエンタル・ホテル』は戦乱で荒れ果てていた。トンプソンはこれを立てなおし、経営に関わった。そして、機械織の普及などによって衰退の一途をたどっていたタイの伝統産業の絹織物=タイ・シルクの復興に尽力し、その販売にも力を注いだ。タイ・シルクは世界的に名声を博すようになった。タイ政府はトンプソンに、タイの発展に貢献した外国人に与えられる「白い象の勲章」を授けた。
失踪するまでの20年余り、トンプソンはバンコクですごした。ビジネスの傍ら、インドシナ半島の美術品を収集して歩いた。トンプソンはバンコクの中心にある、自分が設計したタイ建築の屋敷に住んだ。タイ・シルクは映画『王様と私』の衣装として採用されるほどになった。順風満帆だった。
バンコクでは“ジム・トンプソンの家”は観光コースに入っている。ラーマ1世通りから入る、“ジム・トンプソンの家”スカイトレインの『ナショナル・スタジアム駅』から歩いて5分ほどにある。
1967年3月26日、ジム・トンプソンは姿を消した
1967年3月26日、ジム・トンプソンは姿を消した。マレーシアの警察、軍、現地の人々が数百人で何日も捜索したが二度と姿を現すことはなかった。
なぜ、失踪したのか?謎が謎を呼んだ。
トンプソンはOSSの諜報員だった頃、ジャングルの中での生存訓練を受けている。方向を失い、道に迷うということも考えられない。ジャングルの中で遭難したり病気で倒れたのなら、捜索隊の目にとまっているはずだ。身代金目的の誘拐か?という見方もあったが、身代金の要求はなかった。諜報活動による誘拐、つまりスパイ同士の暗闘という説もあった。暗殺され死体を隠されたのではという説もある。
トンプソンが経営していた“タイ・シルク商会”は生存の有無に関わらずトンプソンの所在についての情報をもたらした人には2万5千ドルの賞金をだすことになった。トンプソンの姉はオランダ人超能力者のピーター・ハーコスを招いて透視術をしてもらっている。その託宣によれば、トンプソンはカンボジアで生きているということだった。透視術、占星術、心霊術といった欧米系超能力者だけでなく、マレー半島の祈祷師“ボモ”まで登場して行方が探された。
ジム・トンプソンの失踪後五ヶ月ののちに、三人の姉の二番目のキャサリ―ン・ウッド夫人がペンシルバニア州の自宅で何者かに殺害されている。
ジム・トンプソンに何があったのかは、謎のままだ。
舞台となったキャメロン・ハイランドの『ムーン・ライト・コテージ(月光荘)』は、失踪当時のままの姿で残っている。 |