今は昔、高速道路の脇に果物の屋台

 現在はまったくなくなったが、数年前まで、イポーの北、スンガイ・ペラのサービス・エリアをすぎると高速道路の脇、ガードレールの外側に傘を立てて果物の屋台がならんでいた。そこにはドリアンやマンゴスチンなどが産地直送、というより産地すぐそばで売っていた。

 走行する車の何割かが路肩に車を止めて、果物を買っている光景を何十回となく見た。買うのは華人系のファミリーが多かったように思う。そのすぐ脇を高速の車が通りすぎていく。みんな、平気な顔をしている。平気じゃないのはわたしたちだけだ。

 
 現金収入の少い、山奥の人たちが自分達の山から採れた果物を売りにくるのは当然だし、もぎたてで新鮮そのものの果物を欲しいと思うのも当然だ。でも、売り手の方はガードレールの外で安全なのに、買い手の方は命懸け。いくらグルメが真骨頂の華人でも、生命をかけてまでもぎたての果物を欲しがらなくてもいいのにと真剣に考えていた。
 おそらく、高速道路の管理会社が危険だと判断したのだろう。路肩の果物屋は姿を消して、近くのサービス・エリアに果物屋がならぶようになった。山のひとの現金収入を閉ざしてはならないという英断だったとわたしは感心している。
 
 安全に買えるようになって、わたしたちも果物やら素朴な特産品を手にするようになった。今では、サービス・エリアに入るのを楽しみにしている。

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本稿は日馬プレス第276号(2004年6月16日)に掲載されたものです。